第5話 「未知のちから」

「探しにきました。わたしの大切なたからものを──」

 穏やかで優しい言葉と、それらと全く同じな表情(かお)。対象を愛おしく思っていて、それでいてとても大切。このことがわかるほど、言葉の相手が羨ましくも思ってしまうほど、想いは深い。
 そんな答えが返ってくるとは微塵にも思っていなかったキトは、驚きながらも言葉を繰り返した。

「たから、もの……?」
「はい。約束を交わした大切なひとを探しにきました」

 にこりと笑う姿に、キトの記憶に住まう〝彼女〟が重なる。

(この笑顔……!)

 顔は思い出せない。しかし雰囲気と笑い方が彼女にとても似ているような気がする。
 不思議な感覚を心の奥に閉じ込めるように、ぐっと拳に力を入れた。

「本当に……君は天使じゃない、のか……?」
「はい。私はわたしは──天使じゃありません」
「そう、か……」

 フェリアの言葉にキトは俯く。表情は伺えないが、雰囲気はとても暗いもの。なぜだろうか、なにか自分はいけないことでも言ってしまっただろうか、とフェリアは首を傾げた。

「キト?」

 そうだよな。そんなこと、あるはずがないと思いつつも。
 フェリアが〝天使〟であり、自分の中にいる〝彼女〟だったら。そうであればいいな、とすべて自分が都合よく思っていたこと。

 ほんの少しだけ期待していた自分が愚かであったと、顔を微かに歪ませる。
 それだけ〝天使〟は貴重な存在。きっと彼女にもあえることはないのだろう。
 そう考えながらゆっくりと顔を上げるキトは、申し訳なさそうに顔を歪めた。

「今すぐにでもその人を探しに行きたいだろうけど……」

 フェリアの背には羽が生えている。しかもとても立派なものが。自身を『鳥』だと言ったフェリアを、保護せずに見逃すわけにはいかない。

 なぜなら『鳥』は価値がある生き物。羽の色からアンディーニュである可能性は低いが、珍しい羽の色、大きさなどの物珍しさから危ないところが彼女を捕まえてしまうかもしれない。そうなった場合、身の安全を保証できないのだ。
 そうならないようにキトが所属する教団へ一度〝保護〟して、然るべき場所へ移すよう、上司から言われている。

 軽くこのことを説明してから、「君を連れて行きたい場所がある」と伝えれば、やや困ったようにしていたが、首は縦に振られた。
 しかしもうひとつ、しなければいけないことがある。それは——

「その前に……」

 じゃらりという重い音と共に、キトは手錠を取り出す。反動で濁った金がきらりと光った。

「これを君に付けなきゃいけないんだ……」
「それ、は?」
手錠(これ)は〝鳥〟の能力を無効化させる力がある。君の力は大きすぎる」

 正体不明のちからを持つフェリア。今までの行動や雰囲気から、悪いことにその能力を使うことはないと思われる。しかし絶対にそうしないと言い切れないのも事実。
 街中でこんなにも強力なちからが使われた場合、犠牲となる者の数は多大なものになるだろう、ということが安易に想像できる。
 これらのことを「万が一、その能力(ちから)が暴走した時ためでもある」と言い換えて伝え、穏便に従うように協力を願う。
 あ、でも嫌なら強制はしない──という言葉を困ったように付け加えて。

 これで駄目なら強行手段を取るしかない。そう考えながら言うキトにフェリアはふ、と微笑む。

「それで貴方が安心するのなら」

 言葉と共に差し出される右手。貴方を傷つけるつもりはない、と伝えている姿に、キトの心はどきんと跳ねる。
 しかし表情をすぐに暗いものへと変えた。

「……すまない」

 謝罪の言葉と共にがしゃん、と重い音が響いた。


-*-*-*-


 普通の足取りがふたつ。落ち込んだ足取りがひとつ。
 落ち込んだ方の足取りなフェリアは前を歩くふたりと少しだけ離れて、とぼとぼと歩いていた。

(キトはわたしを否定しないと思ってたけど……)

 まさかこんなもの——能力を封じる手錠を嵌められるなど、思ってもみなかった。
 あのちからを、治癒の歌を彼の前で使うのは間違えだっただろうか。否、使っていなければ三人の身になにが起こったか想像ができない。

 しかしこのままでは──とフェリアはキトに声をかける。

「あのっ!」

 フェリアの大きい声にキトがぴくりと反応してから振り返った。

「どうした? 窮屈でもそれは外すことはできな──」
「違います。私が倒したあれは……」

 そのつもりはない、と否定するように言葉を遮る。

 フェリアはこの世界のことは、知らないことだらけ。ならまずはここでの情報収集が先だ。
 考えを見透かされないように質問をすれば、キトはゆっくりと答えてくれた。

「ああ、あれは『リュメア』と呼ばれる魔物だ。最近は数が多くて、結界が張られていない国の外や街の外でよく現れるんだ」
「リュメア……」

下界(ここ)ではそう呼ばれている魔物たち。姿も様々で、能力も多岐に渡る。しかし共通していることもある。

 それはリュメアの持つ金の瞳。現れた個体を調べたところ、皆同じ色彩(いろ)の瞳を持っていることがわかった。

 リュメアの金とよく似た色の瞳が静かに細められた。

「あいつらは特殊なんだ。普通の武器では倒せない」

 倒せないどころか傷一つ負わせることができない、特殊な存在である魔物。
 倒せる方法は現在、わかっているだけでふたつだけ。ひとつはフェリアが使った「治癒の歌」でリュメアの魂ごと浄化させること。もうひとつは、という言葉の途中で、がちゃりとキトの愛銃が揺れる。
 先ほどの感じとは違い、酷く冷たい視線がフェリアを貫いた。

「もう一度だけ訊く。君は何だ?」

 答えによっては容赦はしないというかのような瞳でキトはフェリアに問う。コルがキトの脚へしがみつくほど、恐怖すら感じる空気が流れていた。

「私は──鳥です」

 空気に臆することなく、瞳を強くしたままフェリアは答える。あくまでも答えを変える気はない。
 しばらくの沈黙が辺りを流れていた時。

「大丈夫ですよ。彼女は〝敵〟ではありません」

 緊張があふれる空間の隅から突然、腕がにゅっと伸びてキトの愛銃に絡んだ。

「キースさん……っ!」

 キトの後ろから薄緑色を髪に持つ人が笑いながら声を掛けていた。
 男性女性、どちらとも取れる雰囲気は柔らかく、言葉遣いも丁寧。キトが相手のことを「さん」付けで呼んだことから、彼の上司であることが伺える。

 にこりと笑いながら、キースは言葉を続けつつ、キトの愛銃に添える手に、微かに力を入れた。

「貴方たちを迎えに来ました。〝あの人〟がお待ちです」

 言葉と手に込められた力は、口にはしないが「銃をしまいなさい」とキトに伝えている。
 ここでしまってもいいのか、という不安がすべて拭えなかったが、キースの言葉にキトは銃を下げて脚にあるホルスターへしまった。

「あの……あの人──とは?」

 キースの登場により、緊張感は僅かに和らいだ。しかし急に銃が出されたことをまだ驚いているのか、それとも急に現れたキースに驚いているのか、不安に揺れる声をフェリアは出した。
 そんな声にキースがフェリアを目蓋に覆われた細い瞳で見る。

「おや、この人なんですね?」

 はい、と渡される教団の服。これをキトは受け取って身に纏いつつ、話はあとでと伝えた。
 言葉に薄緑の頭が縦に振られると、状況が理解できずに不安そうな表情をしているフェリアがキトの目に入る。そんな彼女にキトは優しく微笑んだ。

「ああ、怖がらなくて大丈夫。さっき言った連れて行きたい場所……、そこにいる〝あの方〟に会ってほしいんだ」

 ここまで説明されても、まだ不明なところがある。あの方ではわからない、と震える声を出せば、キトは安心させるように穏やかにまた笑った。

「あの方とはここの主であり、俺たちの主人──ミスティア様だ」


2025.03.08


close
横書き 縦書き