第3話 「出逢いのうた」

 丘を抜けて更に進んだ先、森へ入った時に気がついたこと。それは森が〝騒がしい〟ということ。
 先ほどの何かが落ちたことでそうなっているのかと最初は思ったが、どうやら違うようだ。
 なぜなら、森が〝喜んでいる〟ように感じる。どうしてだと訊かれても答えを言うことはできない。

 しかし確かに〝そう〟なのだと、キトは感じていた。

 

(本当に、〝何か〟が落ちたのか……?)

 感じることとは裏腹に、森の中はとても静かだった。
 まさか、自分の勘違いだったのだろうか。いや、あんなにも大きい音を聞き間違えるはずがない——

「あ、広いところに出たな」

 いろいろと考えながら進んでいれば、開けた場所へ出る。万が一を考え、警戒しつつ先へ進む。

 確か、音の元はここの辺りだったはずだ。そう思いながら見た場所。
 そこにあったものとは。

「何も……ない?」

 辺りをぐるりと見てみるが、周りは静寂が広がるだけ。

(やっぱり気のせいか、それとも岩か何かが落ちた音だったのか……?)

 自身の顎に自分の手を添えて考えるが、答えは目の前に広がる、何もない広い場所。
 危険もなにもなかったのだからよかった。だのに何かが引っかかっている。

 これからどうしようかを悩んでいる時、キトの服をコルが引っ張った。

「コル? どうした」

 服を引っ張っているが、コルの視線は違うところへ向いている。不思議に思ったキトもその方へ目線を移した時——

「っな?!」

 目の前には目蓋を閉じたまま、大きい木に凭れてかかっている長い銀髪の女の子がいた。

 こんな場所に女の子がひとりでいることはおかしい。いつ魔物に襲われても不思議ではないし、なによりも気になったのは。

 ばさりと動く、背に生えたとても大きい天空色(そらいろ)の羽。

 背に羽を生やしていることから、彼女が人間ではないことがわかる。しかしここまで大きい羽は、『鳥』に詳しいキトでも見たことがない。

 立派な羽がまた大きく瞬いた時、目の前の少女が僅かに呻き声を上げた。
 目蓋を開けるかと思ったが、白に縁取られている瞳が見えることはない。

(気を失っているだけ、か……?)

 あまりにも無防備すぎる姿から、なにかの罠ではないのだろうと思ったキトは、自身が着ていた上着をするりと脱ぎ始める。

「とにかく、丘に運ぼう」

 いつまでもここにいれば危険が迫るかもしれない。

 キトは脱いだ上着を女の子に被せて、器用に直接触らないようにその体を抱き上げた。

 
 

-*-*-*-

 

「なんとか運べた……!」

 丘へ着き、女の子を掛けた上着ごと床へ横たえる。

 女の子ひとり運ぶのでもとても大変だった。
 この子がとても重たい体をしているからではない。むしろ線は細い方で背はキトよりも高く、少し血色の悪い肌色。更に出るところは立派に出ている体。

 なら自身の体力に問題があるのだろう。そう感じる自分の体力の無さを思い知ったキトの頭を、コルは優しく撫でた。
 コルに「ありがとう」と伝えて、筋肉をつけるために訓練しよう、と考えて自身の肩を揉んだり、ぐるぅりと回したりしてコリを解す。

 そしてその手が次へ行き着いた先。自分の愛銃をホルスターの上からひと撫ですれば、コルがまた動き始めた。
 大きい羽を生やした女の子の側へ寄り、口を大きく開けて空気を吸う。

 きっと彼女は銀髪の女の子を自身と同じ『鳥』だと思ったようで、彼女たちしか通じない言語で話しかけようとしているのだ。
 そう思ったキトの手がコルの行動を制止させた。

「まだ話しかけるのは早い。それに——() () () ()

 女の子の羽を見てキトがずっと感じていた違和感。ここへきてようやく言葉にできるくらい、はっきりとした答え。

「こんな色の羽は、みたことがない」

 アンディーニュの黒でもなく、ミオレティの白でもない、天空の色をした立派な大きい羽。
 耳の羽は金属でできた耳飾りで隠されているので確認できないが、これらが一致する種族は、遠い昔に滅んでしまった() ()しかない。

 これではまるで、——のようだと思っていれば、女の子の手がぴくりと動く。
 きっと目覚めるのだろう、そう思ったキトは金の瞳をやや細めた。

「目を覚ますぞ」

 言葉の少し後、白に縁取られた瞳が姿を現す。

 それはぞっとするほど、とても澄んでいて綺麗な紫水晶の瞳だった。

 なんて綺麗な紫の瞳なのだろう。宝石に喩えても遜色ない光を放つそれに、ふるりと背中を鳴らしたキトは、静かに声をかけた。

「大丈夫か?」

 声に身を起こす女の子。
 ぼぅっとしていて、意識がややはっきりしないようにしていたが、キトを見た瞬間、様子が変わる。

 思わずキトもどきりとしてしまうその顔に、ひと雫が伝った。

「やっと、あえた。ずっと……、ずっときみにあいたかった」

 泣きながら笑う姿に、キトは胸が締め付けられるような気がした。なぜだかわからない。だって自分は彼女をしらないのだから。

 しかし胸は確かにつきんと痛む。

 違和感を感じているキトに、女の子は立ち上がって続けて話しかけた。

「そのために……、わたしは——」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 キトが言葉を遮ったことにより、ぱく、と何かを伝えたがっている小さい唇が震える。そして喜びで満ちていた女の子の顔に、僅かに翳りが見えた。

「すまないが……、俺は、君を知らないんだ」

 こんなにも「自分にあえて嬉しい」と全身で表している彼女には申し訳ないが、この子の姿がキトの記憶の中に存在しない。記憶の海で彼女を手繰り寄せるが、出てくる答えは変わらない。

 あんなにひかり輝いていた紫水晶が濁りを見せる。

 左目に雫を湛えながら、女の子は静かに頷いた。

 

2025.02.20


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