第2話 「祝福されし白き花」

 下界と呼ばれる世界——レーリフィア。
 この世界には人間以外の種族も住んでいる、少し特殊な世界。それらの種族は互いに争わず、それぞれの種族が固まって生活を送っていた。

 そんな世界に昔、存在した種族がある。それは失われた種族と云われる存在——耳に羽を生やし、背中にも同じ色の立派な羽を生やしている、〝天使〟と呼ばれる者たち。
 しかし、天使たちは力を使い果たし、この下界からすべていなくなったとされている。

 そんな天使の代わりに生まれた種族——通称『鳥』と云われる、白い羽に瞳は金色をした「ミオレティ」と黒い羽と赤い瞳を持つ「アンディーニュ」。

 ミオレティは〝うた〟で様々なことをできるが、アンディーニュは声が出ない個体が多い。
 更にアンディーニュの方が希少価値が高く、中には愛玩用として飼われている子もいる。

(またコルに嫌な思いをさせてしまった)

 先ほどのように黒い羽と赤い瞳を持つだけで、ひとりで満足に外を出歩くことすら困難な彼女たち。どこかから逃げて彷徨っていた過去を持つコルに、もう嫌な思いはさせたくないと思うのに、そうはいかない〝世界〟。

「ねえ、あの子……」

 ふとキトたちの後ろにいる男女二人組のひとり、女性が声を出す。彼女の指はコルの方を向いていて、それだけでアンディーニュだと疑われたことがわかる。

 隣にいる男性に「そんなはずはない」と言われて帰っていく女性のように、腕輪で羽を隠しても赤い瞳を持つだけでこの反応を見せる人々。

 ぎり、と握る手に力が余計にこもって震えていく。

(彼女たちが生きやすい世界にしたい。そのためには——)

 俯き酷く顔を歪めるキト。彼は彼女たちのこの扱いがどうしても許せなかった。
 笑えば笑い返してくれる。悲しい時は泣くことだってある。

 〝ヒト〟である自分となにも変わらないのに、でも同じように生きてはいけないものたち。

 彼女たちの境遇を考えて視界が滲んだ時、誰かがキトの服の裾を引っ張る。力がする方向からするに、コルがやっているのだろう、と慌てて視線を移せば、心配そうにしている彼女が見えた。

「だい、じょう、ぶ……?」

 昔とあることで心に傷を抱えてしまい、感情や言葉をあまり発しないコル。
そんな彼女が小さく呟くほどの音だが、必死に出してキトのことを気にしているのだ。

 これ以上心配させてはいけないと、いつもの表情に無理やり戻して、小さい頭を撫でる。

「そうだ、いいことを思いついた」

 さらさらとしている、自分よりも黒々として柔らかい髪を撫でていて思いついたこと。
 きっとあの場所なら大丈夫だ、と微笑んで手をするりと移動させる。

「久々に、丘に行こう」

 辿り着いた先——コルの頬を緩やかに優しく撫でながら、キトはまた笑った。


-*-*-*-


長閑(のどか)な自然が広がる丘——「街外れ(リュール)の丘」に着けば、今日も変わりはないのだとわかるくらい穏やかな空気が漂う。それにキトは喜びの声を上げた後、近くの芝生の上に仰向けの形で寝っ転がった。

 遅れてコルも彼の隣にすとんと腰を下ろす。

 赤い瞳を持つだけで人々は奇妙なものを見るかのような視線を向けてくる。
 そのことに落ち着かない、と呟きながら、金水晶の瞳が細められた。

「ここは誰もいなくて落ち着くな」

 安堵の表情と共にどうしてこの世界はこうなんだ、という正反対な考えが浮かんだ時、キトの目の前に出されるもの。

「あげる」

 ぽつりと呟きながらコルが差し出したものが、キトの鼻腔(はな)を華やかにくすぐった。

 それは『鳥』にしか〝祝福〟されないとされている、大きな花弁と小さな花弁が六枚ずつある白い花。しかも自然が大好きであるキトも初めて見る程、珍しい植物だ。

「まさか……」

 あれほどひとりで街へは行かないようにとコルへ伝えていたが、今日に限ってそれが破られた。どうしてなんだろうと考えたが、この花を見てやっと浮かんだひとつの答え。

「この花を探して俺に渡すために部屋から出たのか……?」

 鳥が祝福された白き花は、受け取った相手にもその祝福がもたされる。

 コルがなぜキトへその祝福をあげたかったのかはわからない。
 しかし自分へ日頃の感謝を表したかったのだろう——

 そう考えた瞬間、目の前が滲み、心が嬉しさで満たされる。

「ありがとう……! でも、心配するから勝手にいなくならないでくれ」

 感謝と心配したことを伝えながらコルの頭を優しく撫でれば、やや照れたように頷く。

 受け取った花を大切にポケットへしまい、溢れる涙を拭った。

「よし、じゃあ戻る、」

 突如地面が割れるように響く轟音。その音で言葉の最後がかき消される。
 音の正体はわからないが、まるで〝なにか〟が空高いところから勢いよく地面へ落下したような凄まじいものだった。

「もしかして今、() () () () () ()……?」

 音にびっくりしたキトと、なんでそんな表情をしているのかわからない、と言った様子のコル。

 自然のことに関しては、キトよりも彼女の方が敏感。
 そんなコルが危険を察知したような様子は見られない。なら危ないことはないだろうが、魔物も出る可能性のあるこの丘に、コルひとりをここに置いて行くことも不安。

 危険が少ない方、となれば自分と一緒に音の元へ行く方がいいだろう。そう判断へ辿り着いたキトは静かに起き上がった。

「とにかく行ってみよう」

 

2025.02.19


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