ほしいものに手が届かない

 自分を優しく見つめてくれる金は、いつだって眩しかった。
  ──まぶしくて、とてもとおくて、さわれないもの。

「どうした?」

 ひょいっと蒼い瞳が大きな赤の双眸(そうぼう)を覗き込む。蒼い色を瞳に宿す青年が、自分よりも小さい少女の横から、体を曲げて声を掛けている。

「どこか具合でも悪いのか? コル」

 青年にコルと呼ばれた少女は何も言わずに、ただ首を横に振る。微かな仕草を見た青年──ウィルはため息をひとつ、零した。

「お前な、思ったことは言ったほうがいいぞ? さっきからずっと空ばかり見つめてるから、心配するだろ」

 言葉で初めて気がつく。
 確かにウィルの言った通り、コルはずっと空を仰いでいた。首は痛みを訴えていて、目も光の強さから眩んできている。

「……ただ、」
「ただ?」

 ぽそりと呟かれた言葉を返せば、小さな手が空に向かって伸ばされる。手は何も掴むことは出来ずに、宙を掻くだけ。

(あのそら、みたいなえがおが、また、みたかった……だけ)

 にこりと優しく掛けてくれるそれらが、いつも眩しく当たり前のことだった。失くしてから初めて気がつくとは、誰が言っていたのだろうか。

 きゅ、と口を噤むコルに、ウィルはまたため息を吐くと、小さな手に自身の大きい手を重ねて握りしめた。

「いや、そんな嫌そうな顔すんなよ……」

 気がつかなかった。自分がそんな顔をしていただなんて。
 嫌でそんな顔をしていたわけではない。ただ、この国で疎まれている自分に触れるウィルが、コルはとても不思議なのだ。

 自身の手が汚れてしまうかもしれないのに、とまで思って、俯いて震えてしまう。

「ちが、」
「まあいいや。お前がなんと言おうと──」

 瞬間、身体が浮遊感を感じる。コルがゆっくりと視線を上に向ければ、ウィルの顔がとても近くにあり、ゆっくりと彼に抱かれたのだと理解した。

「オレはコルに触ることは嫌じゃねぇ」

 不安そうに揺れる赤を包む、優しくあたたかい笑顔。
 その顔に遠い昔、ウィルに似た誰かにも笑いかけてもらっていた気がして、コルの胸がつきんと音を立てた。

「さ、行くぞ。お前のご主人様を探すんだろ?」

 ウィルがご主人様と呼ぶ彼──キトはそうじゃないと否定しようとしたが、言葉が出てこない。
 そう思っても言葉たちが咽喉(のど)に痞えて、そこがふるりと揺れるだけ。
 ぎり、と唇を痛い程に噛んでいるコルに気がついたウィルは、震える唇に自身の太い指を這わせた。

「こら、血が出るぞ。噛みたいならこれを噛め」

 ゆっくりと形をなぞるように動く指が、コルの唇をこじ開ける。そのまま噛み締めればウィルの指を噛んでしまうと思ったコルが、力を緩めて微かに開いた時、何かが口の中に放り込まれた。

「うめぇだろ? それ、オレのお気に入り」

もごりと口を動かせば、香る甘い味。ころころとしていて、小さいそれは砂糖菓子(金平糖)だった。

「……あの、」
「もっと欲しいか? 残念だけど、それで最後なんだよ」

 だからよく味わって食え。残念そうに笑う顔は、どこか嬉しそうにコルの瞳に映る。

(あのいろに……にて、る。キトの、めに——)

 気がついたら自然と蒼い瞳に手を伸ばしていた。
 手は瞳には触れずに、大きな頬に辿り着く。

「コルから触ってくるなんて珍しいじゃねぇか」

 にかっ、と笑う顔は知っているようで知らない表情(かお)

 ──ああ、ほしいものに、てがとどかない……のに。

 彼女の瞳を濁らせた理由(わけ)。それが阻んで望むことは出来ない。
 しかしどうしても欲しいと願ってしまう。

 それを彼は──許してくれるのだろうか。

2021.01.22

あとがき
コルがウィルと一緒にいる時の話。
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