第1幕 第08曲 「機械仕掛けのからだ」

 かちゃ、かちゃりという無機質な音が部屋に響く。ゼスがルティナにお願いしたことは、彼女の(ボディ)に破損をしている箇所がないかの確認(チェック)だった。
 手を取り、そのまま視線を胴体へ移す。そして最後は足の裏までくまなく確認をして、ようやく安堵の息を吐くことができるのだ。

 幸いにも今回は破損がなかった。確認が終わったゼスが静かに立ち上がれば、ルティナは小さな音を出しながら、服を着始めた。
 そのまま部屋を後にするのかと思っていたが、服を着る途中でゼスの様子がいつもと違うことに気がつく。

(どうしてじっと私を見ているのかしら)

 言葉を発しないまま、静かな瞳はルティナを見つめたまま。
 体のどこかが壊れているのだろうかと、不安になりながら自分を見てみるが、それではないようだ。

「ルイス、どうしましたの?」

 手袋を嵌めながら首を傾げ、訊くが答えは言わない。静かに口を閉ざしたまま、音もなくベッドへ腰掛ける彼女のそばに寄り、その場に跪くゼス。
 昔とは違い、光を失った彼の種族特有である深紅(ルビー)の瞳が彼女を射抜けば、どきりと心が跳ねる。

 そのまま静かにルティナの左手を取った。

「……、あの時、俺の手を取った事、後悔しているか?」

 言葉を紡ぎ、ルティナの左手薬指に口付けながら、彼女の名前を呼ぶ。

「ルティ、……否、」

 小さい音を出しながら、愛おしく彼女の本当の名を呼ぶ声は震えていて、それにルティナの顔がぴくりと動く。
 音と熱を灯した薄い唇が呟く名は。

「ティルナーシャ」

 遠い昔に置いてきてしまった、姫だったころ(自分)のもの。
 彼にこの名で呼ばれると、どうしようもないくらいに胸が苦しくなり、同時に言葉にすることができない感情(きもち)でいっぱいになる。

 今にも泣き出しそうな顔でルティナはわらった。

「……、あなたの手を取ったこと、後悔などしていないわ。今はとてもしあわせなの」

 震える腕を彼に伸ばす。そっと抱いたゼスの頭は、ゆらりと揺れて。

「ルイス……、いいえ——」

 この名で彼のことを呼ぶのはいつぶりだろうか。
 そう考えながら呼ぶ名は、ふたり仲良く絵本に記され、今も語り継がれる彼の真実(ほんとう)の名前。

人間の姫だった(遠い昔の)自分が呼ぶことは許されなかった、魔族の王のもの。

「ルフェリスさま」

 自分の本当の名前を呼ばれただけなのに。ただそれだけのことなのに、顔をぐしゃりと歪める理由には充分すぎるものだった。

「すまない……、ルティからすべてを奪ったのは、この俺、なのに——……!」

 何度謝っても、何度償っても、何度願っても叶わないこと。震えながら涙を流しながら、生身の体ではなく冷たくなってしまった自分よりもとても小さい背中に手を回して、そこをぐしゃりと握る。

 手のひらにじんわりと伝わる温度が、まるで自分のことを拒んでいるように思ったルフェリスは、顔を更に歪めた。

「絶対に助ける。たとえ、すべてを犠牲にしても……!」

 それが自分にできる償いだと、彼は何度もそう呟く。
 そんな彼の姿に酷く顔を歪めながら出てくるものが、ぽつりぽつりと姿を見せた。

「いいの。わたしはこのままでも」

 ティルナーシャの言葉はルフェリスには届かない。何度もこの気持ちを伝えたが、その度に彼は自分の耳を塞ぐ。

 まるでこの言葉を、聞きたくないと言っているようで。

「だってお人形のからだなら、永遠に(ずっと)あなたと一緒にいられるでしょう?」

 人間の体なら、とっくの昔に滅びている。——いや、正しくはもうすでに滅びた、人間だった頃の自分のカラダ。
 遠い昔に失くなってしまった人間の体の代わりに、彼が自分の一部を犠牲にしてまで創ってくれたモノ。

 熱を感じない、とても冷たい機械仕掛けの「生きる棺(からだ)」。

 酷く冷えてしまった彼の体に、再び熱を灯すことは叶わないけれど。でも彼女にとってはとても温かくて、大切なもの。

 きしりとそれが軋む音を聴いた気がした。

2025.03.11

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