第1幕 第03曲 「かくして語られること」
「悪魔憑き……ですか」
それはよくないな、と言っているような表情をルティナは見せる。
自身の顎に手を添えてどうするかを悩んでいれば、静かにゼスが彼女たちに近づいた。
「その話、よく聞かせろ」
ソファのそばに立ち、縁に手を添えて冷たい言葉で先を促す。
女性の口は重たく、震えながらまた開かれた。
「その、しゅ……主人、なんです。その〝悪魔憑き〟に、なった、のは……」
「旦那様が?」
「はい。初めは主人の顔色が悪くなって、本人も……『具合が悪いだけだから、寝ていれば治るよ』と。でも、あん、あんな、こと、に……なって……っ!」
女性の様子から嘘を言っているように見えなかったゼスとルティナは、ゆっくりでいいからと話を引き続き伺う。
「次第に瞳が赤く濁って……、最後は醜い魔物のような姿に……!」
がたがたと身体を震わせながら女性は語る。そんな彼女のことを「まま」と小さく呼びながら幼い少女が服の裾を不安そうに握れば、女性は幼い少女を震えた腕に抱く。
きゅっ、と抱く力を強めて、表情は絶望に近いものに染まった。
「この子に、
いえ、逃げることで精一杯でした、と付け加え、涙を流す。
「お願いです。主人を……助けてください……っ!」
話を聞き終わったルティナは、ぼろぼろと涙を流す女性の側に寄り、ハンカチを取り出してそれで女性の涙を拭う。
女性も驚いていたが、優しい雰囲気のルティナに安心したのか、涙を更に流した。
「……ルイス」
涙が止まらない女性の背中を摩りながら、ルティナはゼスの名前を呼び、視線で「お願い」と訴える。ゼスはため息を吐いたが、無言のままこくりと頭を縦に振った。
女性が落ち着きを取り戻したことを確認すると、ゼスは彼女たちの反対側——先程までルティナが座っていたところに腰を下ろす。彼がそうすれば、その隣にルティナも座った。
「それで、お前の旦那を助ける……これが依頼内容で間違いないな?」
ゼスの言葉にこくりと女性は頷く。そんな彼女にゼスは微かに「面倒だな」と呟いた。
続けてため息を吐いたゼスに女性はある言葉を告げる。
「……
「なに?」
言葉を聞き逃さず、顔を歪める。女性はぐっと体に力を入れて、拳を膝の上で握りながら言葉を続けた。
「貴方は人間に戻る方法を探しているんでしょう?」
「何故それをお前が知っている」
瞳と声色を酷く冷たくしてゼスは問う。
あまりの恐ろしさに女性は小さい声を出しながら顔を歪め、腕の中にいた幼い少女が泣き出してしまった。
「……ルティ」
やれやれと首を横に振りながらゼスはルティナに助けを求める。
ルティナはすぐに幼い少女の側に寄り、女性と一緒にあやすが、泣き声は止まなかった。
「大丈夫ですわよ。お姉さんと向こうに行って、おとぎ話でもしましょうか」
「おと、ぎ……ばなし……?」
必死に自分を落ち着かせようと頭を優しく撫でたルティナの言葉にぴくりと反応を示す。にこりと笑った後に、ルティナが幼い少女に「どんなお話が好きかしら?」と訊けば、少女は顔を明るくして、自分が抱いている絵本を差し出した。
「これ、これがいい!」
「……、『魔王と亡国の姫』……ですのね」
絵本のタイトルとその下に姿が描かれている男女のふたりに、ルティナは一瞬だけ哀しそうな表情を見せる。
しかしすぐに顔を微笑みへ変えると、少女の手を取った。
「お母さんはお兄さんとお話があるから、お姉さんとお話しててくれないかしら」
ね、と女性が首を傾げながら困ったように言えば、幼い少女はルティナを見て、また女性に視線を移す。母を困らせてはいけないと思ったのか、こくんと小さく頷いた。
「すみません。あの、この子をお願いします」
「大丈夫ですわ。さあ、あちらへ行って絵本を読みましょうね」
微笑みながらとても小さい手を引けば、素直に従う。
ふたりが元々座っていたソファから少し離れた場所にある、違うソファへ移動したことを女性が確認すれば、彼女は自身の胸に手を当てながらほっと息を吐いた。
「で、依頼だが——」
言葉の途中で静かに出される古びた本。表紙はぼろぼろで、中身の紙は少し黄ばんでいる。
タイトルがこの国で使われている言語ではないもので記された本を見たゼスは、ぴくりと顔を動かした。
「この本に……貴方の探しているものが書かれています」
「これが依頼の報酬か?」
冷たい瞳のままの彼に、女性はこくんと頷く。緊張感が走る空間がしばらく続いた後、ゼスからひとつ零されるため息。
「……話の続きを」
その言葉は依頼を受けるということと同義。
ゼスは乗り気ではないようだが、依頼を引き受けてくれるということがわかった女性は、顔色を僅かに明るくした。
2025.02.13